人は努力すると上達するもの
漫画は絵や表現で決まることではありませんよね。実際にはこのタッチは好きだから読みます。とかそういうのは全然ないとは言いませんし、漏れず私もジャケ買いのような形で漫画を購入したことはあります。下手とは全く思っていませんが、カイジやアカギを執筆されている大先生の作品は、個人的には非常に面白く、人間の極限を描かれた非日常的な世界観とそれに見合った主人公の魅力をふんだんに表現されており、面白い漫画だよと勧めることもありますが「なんか絵が無理です」っていう人を何人も見てきました。非常にもったいないと普通に思う。とは言え、抵抗感を持つ人に対し、実際に無理やり読ませても自分に合っていない漫画というのはたぶん楽しくない時間を提供することになるので、このあたりも含め人それぞれ。どれだけ中身の面白い作品でも「絵」の好き嫌いという要素は重要なモノであると認識しています。
このコトから、絵というのは非常に重要であり、また表現力も漫画においては不可欠な要素であると言わざるを得ません。漫画の定義というのは絵とセリフで構成されたものとされている一般的見方に加え、私個人としてはこれにコマとコマの間に存在する表現力、緩急のあるコマ割り、このような要素が組み合わさる。心技体で打ち込んで始めて一本を取れる。そんな作り方をしているものが漫画だと思います。ワンピースという一般的には偉大とされている漫画がもし、18ページに及ぶ1話がすべてコマ割りのない1ページ1コマで表現されていたらどうだろうか。そこまで人気が出る漫画になっていただろうか、レジェンド漫画として崇拝者が多数出現したであろうか。いやない。あえて断言したい。ないです。漫画の定義はやはり表現力とは別のコマ割りによる緩急というのは非常に大事であると実感します。➡の絵はホワイトぴんくROOM1の主人公が例の部屋に出会い、進入する場面を表現しています。漫画を制作したことのない、そんな状況で必死にもがき、最大限に出来る限りの表現が➡の当時の現状です。
好き嫌いは人それぞれですし、それもまた当たり前の感情だし、選択されたときに100%の人がAを選ぶなんてとんでもないことはよほどのことが無い限り起こるわけがない。という前提のお話になります。今少しずつコツコツと制作している最新作の冒頭部分、例の通路へ潜入する場面になりますが、私としてはこの1作目から4作目の間でスキルはかなり向上したのではないかと思っています。1作目は自分で何かをゼロから加工して創ったものと言えば、オノマトペの「がちゃり」とか「こぉぉぉ」とか「すたすた」とかそんなものです。ドアを開けて暗闇の中を進む。当時の表現の限界値からみても多分に成長を感じられる1ページだとしみじみ感じます。使っているツールはすべて一緒ですが、巧みになっていっていると実感しますね。私が2作目をプチリメイクをし、1作目には手を付けていない理由というのはまさにココにあるわけで、最初の作品はそれはそれで私にとっては宝物であることに違いはありませんが、自分の成長を感じられる数少ないアイテムなのです。