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汁男のぼやき。

未来はどうなるかはわからないが結局はセンス力。

未来はどうなるかはわからないが結局はセンス力。

AI好きならもうご存じだと思われるが『カレイドフェイブル5君』が猛威を振るっている記事が飛び交っていますね。副業任せで荒稼ぎとか、なんか色々言われていますが、多くの皆さんにバイブコーディングの認知力を高めた存在であることは間違いないですね。みんなすごい凄いって言い過ぎて、僕ももちろん使わせてもらいましたが、僕なりの結論を先に伝えようと思います。

結局は使い方次第。

これに尽きますね。知ってるよバカタレがって言われたらそれでおしまいです。何もフェイブル君が万能じゃないってことを伝えたかったのです。確かに高性能である事は間違いありませんが、フェイブル君にしか出来ない事があるのか?と言われたら別にそんなことなくね?って思っちゃいます。規模感。自分のやりたい内容によってはフェイブル君が適任なこともありますし、そうじゃないときもあるよ。要は使い方と使う人のセンス力ってことだと改めて認識しました。そこら中に蔓延している「フェイブル君」を祭り上げられた情報だけインプットして何かをやっても結局のところこれまでと特段変わらない状況しかないんじゃないか。ということ。定義の中で『成功体験』を謳った人はセンスがあったというだけの話。AIが全振りですごかったという話じゃないよって言うコト。なんでこんなことを言いたかったのか。これ以上勘違いを生んで欲しくなかったからですね。

AIの発想力とセンス力

私は主にゲーム開発にAI君たちを使っていますが、彼らの発想力は基本的には『ありきたり』そのものなんです。特異性、オリジナル的直観。これらの要素は彼らにはなく、ライブラリを舐め回した結果、知識は凄いノーベルスタイル、能力も多分にあるが『センス力0』の集合体だという認識です。このセンス力をどれだけ使いこなす人間がコントロールできるのか。そういうお話なんだと思っています。

精巧な画面の裏にあるもの

良く記事で見かけるのが、フェイブル君に頼んだら此処まで凄い本格的なゲームが創れたよっていうもの。たしかにゲーム画面、切り抜き部分をみたらそれは精巧なものができあがっているのは確認できます。ただ、これには裏があって、あくまでもそのレベルならできる。ということで、実際にやればわかりますが、バランスは崩壊しきったクソゲーの誕生。

ファミコン世代に氾濫していた粗悪なソフト、皆さんもなんとなく頭に思い浮かべる事もあるとは思いますが、そのゲーム達のビジュアルがとんでもなく精巧な仕上がりになったもの。と考えると想像がつきやすいと思います。私はAI支持者だし、なんならめちゃくちゃ使っている部類、というか全振りしている製作者の一人ではありますが、AIを使ったから簡単。楽だろ。という認識は持ってほしくないということです。そして今日も開発をシコシコ頑張る。